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名古屋地方裁判所 昭和45年(ヨ)1401号 決定

申請人 毛利登 外八五名

被申請人 大和通信工業株式会社

主文

本件仮処分申請はいずれも却下する。

訴訟費用は申請人らの負担とする。

理由

一、本件申請の趣旨は、「申請人らが被申請人に対していずれも雇用契約上の地位にあることを仮に定める。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は次のとおりである。

(一)  被申請人(以下「会社」という。)は、肩書地に本社をおきテープレコーダーの製造、販売を業とするものであり、申請人はいずれも右会社の従業員であつて、日本労働組合総評議会全国金属労働組合愛知地方本部大和通信工業支部(以下「組合」という。)の組合員である。

会社は、昭和四五年一〇月一二日付書面をもつて申請人らに対し、「会社は、昭和四五年九月三〇日開催の株主総会で会社解散の決議をなしたので、申請人らは一〇月二〇日迄にコロムビア機器株式会社への転籍希望届を提出するか、もしくは退職届を提出すること。右期日迄に転籍届もしくは退職届を提出しない場合は同日付をもつて解雇する。」旨の催告ならびに停止条件付解雇の意思表示をなした。

そして会社は申請人らが一〇月二〇日までに転籍届も退職届も提出しなかつたので、同日付で解雇されたとして従業員の地位を認めない。

(二)  しかしながら、右解雇は会社と組合の間で締結された労働協約に違反して無効である。

即ち右労働協約第一〇条には、「一、会社は次の事項の実施については事前に組合と協議し組合の同意を得るものとする。(1)組合員を解雇する場合(2)将来他に工場、事務所等が設置された場合に組合員の転勤を行なう場合、社命により組合員を他社に出向させる場合及び六ケ月以上にわたり組合員に出張を命ずる場合、二、その他昇進、降職、懲戒、表彰、異動、配置転換を行なう場合は、事前に組合の了解を得るものとする。」と規定され、さらに第一一条には、「会社は諸施設の改廃、作業内容の変更、会社の閉鎖、移転、名称変更など直接間接に従業員の労働条件にかかわるすべての事項に関し、事前に組合と協議し組合の同意を得るものとする。」と規定されているところ、会社は何ら組合の同意を得ることなく企業閉鎖及び申請人らを解雇したものである。

しかして、本件のように企業閉鎖による全員解雇の場合にも解雇同意約款の適用があることは当然である。けだし、この場合は一部解雇の場合と異り、当該企業に働く全労働者が解雇され、全組合員の利害にかかわり、組合の存亡を決する重大な事態であるうえ、組合員に何ら責められるべき点はなく、すべての責任が会社にあるから、かかる場合こそ解雇同意約款により会社は組合と誠実に協議して組合の同意を得るべきである。

(三)  会社の前記労働協約違反の具体的経緯は次のとおりである。

1  会社の経営状況

会社は、昭和三三年ころより申請外日本コロムビア株式会社(以下「日本コロムビア」という。)の系列下に入り、昭和三四年九月伊勢湾台風で甚大な被害を受け、これをきつかけに同社の完全な子会社として運営されてきた。

会社が主張する一五、〇〇〇万円の「赤字」は右伊勢湾台風およびそれ以前の赤字が持ち越されたもので、決してその後に累積したものではない。却つて昭和三七年一一月期より昭和四五年五月期まで、計七、七〇〇万円余の累積利益をあげている(昭和四三年一一月期の一期前である同年五月期の決算には一五、五〇〇、二四八円の利益を計上している)。また昭和四四年一一月期には、五、〇四二、九〇九円の減価償却、昭和四五年五月期は七、三一〇、〇六五円の減価償却を行つているが、右各償却は従前の償却費に比して著しくその額が大きく、これは明らかに故意に赤字を作るための操作としか考えられない。

これら事実からすれば、会社の経営内容は企業閉鎖しなければならない程悪化していたとは到底認められない。

会社は、「昭和四五年春闘に組合が八、二五〇円の賃上げを得たことをもつて赤字の一原因である」かのように言うけれども、右賃上げ額はコロムビア系列労組協議会が統一要求として掲げて獲得したもので、決して高い金額ではないし、夏季一時金も三ケ月の要求に対して、一・五ケ月という低い額に押えられたのであるから、組合の賃上げ要求等が赤字の原因になる筈がない。

2  企業閉鎖に至る経過

会社は、昭和四五年八月一七日の取締役会で会社解散及び臨時株主総会を九月三〇日に召集することを決定していたが、同年八月二八日労使協議会の席上において、組合に対し突然、同年九月二〇日をもつて企業閉鎖及び全員解雇を一方的に申し入れてきた。会社は、右取締役会の決定、臨時株主総会の開催を組合に秘して告げず、株主総会が一週間後に迫つた九月二二日の第八回団体交渉において、初めてこれを組合に明らかにした。このように会社は後記のとおり組合の意向を無視し、全く一方的にひそかに企業閉鎖及び解散の手続きをすすめたものである。(会社は、同年七月二一日パートタイマー四六名を解雇したが、その際組合に対して「一〇月頃には仕事が忙しくなり、その時には再雇用する。」旨述べ企業閉鎖については全く触れていない。)

3  会社の態度

会社は、前記八月二八日の企業閉鎖及び全員解雇の申し入れ以来、同年一〇月七日までの間に計一九回組合と交渉するに至つた。

しかし、会社の態度は、企業閉鎖、全員解雇の方針を固執し、企業閉鎖に至つた経過につき、具体的な理由とこれを裏づける資料も全く提示しなかつた。そのうえ、右一九回の交渉も八月二八日を除き会社から申し入れを受けたものは一回もなく、かつ、組合との実質的団体交渉といえるものは数回であり、その余は手続的事項や組合上部団体役員の一方的閉鎖通告に対する抗議、交渉中における会社側の退職勧誘、就職斡旋等組合切り崩しに対する抗議である。また、右団体交渉の期間、回数は、企業閉鎖という重大事項にもかかわらず、昭和四四年、昭和四五年の各春闘を下回るものである。

4  組合の態度

組合は八月二八日の前記一方的な閉鎖および解雇通告に対し、直ちに団交を申し入れ(会社側からの団交申し入れは一回もない。)、企業再建策につき、誠心誠意交渉を重ねてきた。

組合が提案した再建案は次のとおりである。

(1) 九月一六日第六回団体交渉において、企業再建のためなら人員削減あるいは労働条件低下も受けいれる用意のあることを提案した。

(2) 組合は自らの努力で新白砂電機株式会社より当面約一億円の受注を得て、これにより企業閉鎖の延期を会社に提案したが、会社はこれに熱意を示さず九月二一日、日本コロムビアを通して正式に拒否し、右提案をまじめに検討する意志は全くなかつた。

(3) 組合は会社更生法に基づき再建してはどうか打診したが、会社はその意志は全くないと拒否した。

(4) 組合は、かねてより日本コロムビア一辺倒から脱し、テープレコーダー以外にも生産品目を増やすよう要求してきたが、会社は一方的に拒否し、その努力も怠つた。

(5) 組合は、九月二二日愛知地方労働委員会に斡旋の申請をしたが、会社はいつたん右斡旋に応じ第一回期日が九月二五日と指定されていたにも拘らず、同月二四日になつてこれを拒否した。

5  会社が示した企業閉鎖にともなう組合員の処遇

会社は、従業員は原則としてコロムビア機器株式会社(以下「コロムビア機器」という。)に転籍することを示したが、コロムビア機器は、栃木県真岡市という遠隔地への転籍であるうえ、会社は、右転籍に当つて転籍先の労働条件、住宅、仕事の内容等につき、あらかじめ具体的に明示すべき義務があるにも拘らず、「転籍者の人数が具体的にならない限り転籍会社と労働条件の交渉に入れない。」として具体的条件の明示をしなかつた。しかも、右コロムビア機器は、申請人らを受入れる余裕もなく、その職種、組合の受入体制、住宅条件もほとんど整備されていないありさまであつたことが、組合の調査の結果判明している。

また、組合は、コロムビア機器の本社工場を見学して実状を確めたいこと及びその費用を支出するように求めたが、右費用五〇万円のうち、会社はわずか一〇万円を支出したにすぎない。

会社は、退職希望者にプラスアルフアの加算金を支給する提案をしたが、これは会社の指定する期限までに退職希望者を増加させ、組合を弱体化させることを意図したもので、会社と組合の協議がととのつた後ならばともかく、一方で協議を重ねながら他方で組合の切り崩しを行うことは許されない。

以上の次第で、会社はなお企業を継続し得る能力があるのにこれを怠り、全く計画的一方的に企業閉鎖を強行したものであり、これにともなう組合員の解雇についても到底組合と誠意ある協議を尽したものとは認められず、従つて、申請人らの本件解雇は前記同意条項に違反して無効である。

(四)  会社は昭和四五年一〇月七日一方的に交渉打ち切りを通告して以来、申請人らを被解雇者として取り扱い、申請人らはもちろん、申請人の所属する組合との交渉をも一切拒否しており、申請人らの会社工場構内への立入りを拒否しようとの動きさえある。このような状況のもとでは、申請人らが本案において勝訴判決を得ても、回復し難い損害を被ることは明らかである。なお申請人らが企業再建策等につき会社と協議し、あるいは退職金や転職先等の条件について会社と交渉するには、その前提として本件仮処分により従業員の地位が仮に保全されることがどうしても必要である。

二、当裁判所の判断

(一)  疎明資料によれば、会社は、テープレコーダーの製造、販売を業とする株式会社であるが、昭和四五年九月三〇日株主総会において解散決議をなし、同年一〇月九日その旨登記手続を経たこと、申請人らは、いずれも右会社の従業員であつて、全員が組合に所属していること、会社は申請人らに対し、同年一〇月一二日付書面をもつて、同月二〇日までに会社にコロムビア機器への転籍希望届もしくは退職届を提出しない場合は、同日付で解雇する旨の意思表示をなし、右書面は、そのころ申請人らに到達したこと、しかしながら、申請人らは右いずれの届をも提出しなかつたこと、および会社と組合との間に締結された労働協約第一〇条、一一条には申請人ら主張のとおりの規定が存すること、以上の事実が認められる。

ところが、右労働協約の各同意条項は、組合員の解雇、もしくはその前提事実となる企業の改廃など組合員に重大な利害関係が認められる事項については、これを労使の共同決定によらしめることとすることにより、使用者が経営権に基づき専権的に行う解雇等の措置を手続的にも実質的にも制約し、もつて解雇その他組合員の待遇に関する措置が適正になされることを確保せんとすることにあると解すべきである。

従つて、右各条項は会社の解散によつて当然に失効する筋合のものではないというべきであり、また右各条項に違背してなされた解雇は無効と解される。

しかしながら、右各条項の趣旨にかんがみると、使用者は必ず組合側の同意、承認を得なければ解雇、企業廃止ができないものとは解されない。

要は組合の共同決定権を尊重し、信義則に基づき使用者が企業閉鎖、解雇等の措置の必要性及び正当性をできる限り誠実に組合に説明し、その同意を得るよう協議をつくすことが要請されるのであり、右協議に使用者の誠意が認められる場合であつて、かつ、企業閉鎖、解雇が客観的に見てやむを得ない緊急の必要性に基づくものと認められる場合においては、右会社のとるべき解雇等の措置の適正は既に確保されたものと言えるから、この見地からすれば、かかる場合は会社は組合の同意なくして、企業閉鎖、解雇の措置を講ずることを妨げられず、右のようにしてなされた解雇は有効と解すべきである。

けだし組合の同意権も、結局は、解雇等の措置が適正になされることを確保せんとするにあることは前述したとおりであり、その意味において、右目的に適うような同意権の行使が労使の信義則上要請されるべきであり、同意権の行使に内在する右のような制約をこえて、あくまで同意権の行使を固執することは、信義則上許されないというべきである。

(二)  そこで本件解雇が右協約に違反してなされたかどうかについて判断するに、まず会社が解散に至つた経過については、疎明資料によれば次の事実が認められる。

会社は資本金一八、〇〇〇万円、従業員昭和四五年五月二〇日当時二五六名を有し、昭和二八年一〇月創立以来一貫してオープンリール式テープレコーダーを製造してきた。昭和三三年三月に主な取引先であつた辰巳屋電機株式会社が倒産したため、同年七月日本コロムビアの援助を受け、同社の資本系列下に入つたが、同年一一月決算期における次期繰越欠損金が九〇、五五五、三〇五円に及び、さらに昭和三四年九月の伊勢湾台風水害により約二ケ月間操業を中止するなど多大な損害を被むり、同年五月決算期においては次期繰越欠損金が二二二、九五五、九四六円に達した。その後たびたび日本コロムビアの援助を受け、同社の持株は会社発行済株式の約九八パーセントを占めるに至つた。(その間昭和三九年五月に工場敷地建物を日本コロムビアに売却し、この売却益約五、〇〇〇万円を計上したので繰越欠損金は一八一、三二九、二五五円となつた。)

その後市場の好景気に支えられながら、昭和四一年一一月決算期には四、三五二、九一八円の利益、昭和四二年五月決算期には一九、一二二、一五〇円の利益、同年一一月決算期には五、五三四、〇二七円の利益、昭和四三年五月決算期には一五、五〇〇、二四八円の利益、及び同年一一月決算期には二、一五一、一〇二円の利益をそれぞれ計上し、同期の次期繰越欠損金は一五八、八八四、四四六円までに至つたが、昭和四四年五月決算期では損失金一一、三八六、九一八円、次期繰越欠損金一六七、六〇〇、二六二円となり、同年一一月決算期は再び利益五、一一二、〇三八円、次期繰越欠損金一六二、四八八、二二四円を算上したけれども、依然多大な繰越欠損金を抱えながら経営状態は一進一退であつた。

昭和四五年に入り、会社製品の販売市場は国内約二〇パーセント、輸出約八〇パーセントであつたところ、昭和四四年一一月以降アメリカの景気後退の影響により、右輸出向総額の約六〇パーセントを占め主たる取引会社であつた同国ラジオシヤツク社が、昭和四五年三月注文を断つてきたため、同月以降の同社関係の生産は中断し、同社に対する昭和四四年一二月、昭和四五年一月及び同年二月の見込生産分テープレコーダー約四、〇〇〇台約八、〇〇〇万円相当が在庫となり、右在庫分は日本コロムビアに買い取つてもらうことにして、処理したが、別途に生産を了えていた輸出向部品約五、〇〇〇万円相当の在庫が残り、生産量は大幅に減少するところとなつた。

他方、テープレコーダーの需要はオープンリール式からカセツト式及びカートリツジ式へと移行するとともに、オープンリール式も高級化の傾向となり、会社製品の需要は低下する一方の状態に立至つていた。

このため、会社は前記ラジオシヤツク社に代るべき国外大手受注先を求め、さらに輸出先の見通しが暗いので、国内大手他企業からの受注により生産量減少の補填をすべく試みたけれども、いずれも仕事量を埋めるに足りる受注は得られず、なお会社としても高級性能テープレコーダーとステレオテープデツキを主体に商品構想を進め、一部大手他企業の意向にそつて教育用高級テープレコーダーの開発を試み、昭和四五年一〇月以降の生産予定をしたが、性能的に右発注先の求める基準に達せず、遂にその受注は不成功に終つた。

またオープンリール式テープレコーダー以外に、カセツト式およびカートリツジ式などの高級機さらにはラジオアンプ、プレヤーなどの生産も考えられたが、会社においては他社に競争して右機種を開発する技術に乏しいうえ、これらは大量生産によらなければ採算がとれず、そのため多額の資金を要すること、市場も既に他企業によつて占められていることなどのため会社の採用するところとならなかつた。

かかる会社の経理状況の下、同年六月より組合と夏の一時金の交渉に入つたのであるが、既にそのころより前記春の賃上分さえも消化しうる仕事量(月商約九、〇〇〇万円)はなく、減産にともない極度の資金難に陥り、一時金妥結額平均一・五カ月分の全額を日本コロムビアの融資で賄つた外、同年六月以降は会社の発行済手形決済資金はすべて同社の融資を仰ぐ外はなかつた。(同年六月から九月までの融資総額は実に二三〇、〇〇〇、〇〇〇円余に達した。)ところが、同社自体多量の在庫を抱えているうえ、大幅な赤字決算の状況にあり、これ以上の資金援助について強い難色を示し、援助打切の方針を明らかにするに至つた。

なお月間売上総額は昭和四五年五月約六、二〇〇万円、六月約四、六〇〇万円、七月約四、四〇〇万円と激減した。

かくて会社は、日本コロムビアからの資金援助も断たれ、加えて受注量の確保の先行も期待できないまま同年九月以降の生産計画を立てることができず、これ以上企業経営を継続することはますます累積赤字を増大する結果となり、同月の時点で実質的に倒産の状態に陥るものと判断し、同年八月一七日の取締役会において、企業を閉鎖して会社解散をする旨の決定をなし、これに沿つて同年九月三〇日に臨時株主総会を招集することにした。

右九月三〇日現在における欠損金の総額は三六八、四七三、〇三七円(前期繰越分一六六、五五七、三〇九円、当期分二〇一、九一五、七二八円)であり、この全額は日本コロムビアに肩代りされた。

(三)  以上認定の事実によれば、会社は昭和四五年六月ごろその経営が極めて悪化し、同年九月以降の生産見通しがたたず、このまま放置すればますます莫大な累積赤字が増加する一方であつたのであるから、会社取締役会の決定した企業閉鎖による解散の方針は緊急且つやむを得ない客観的状況のもとでなされたと一応いわざるを得ない。

(四)  つぎに会社と組合の協議の実状について検討するに疎明資料によれば、つぎの事実が認められる。

1  会社は、毎月組合との労使協議会の席上毎期の生産予定表、毎期の決算報告書等の各種の資料を提示し、経営の実態については、一応の説明はしていた。

昭和四五年五月当時において、組合は、会社から右協議会等を通じ七月以降の受注計画が立てられず、最悪の事態に立至つていること、六月には平常時の半分しか仕事量がないこと、そのため、操業短縮をせざるを得ないこと等の説明を受け、組合としても最悪の場合は企業閉鎖、全員解雇という事態が到来するかも知れないという予測をしていた。そこで組合執行部は、かかる最悪の事態の到来を避けるため、会社に対し生産確保方の万全の措置を要求していた。

2  昭和四五年夏の一時金の団交は、同年六月一五日から七月二五日まで延々と重ねられ、当初のゼロ回答から一・五カ月分で妥結するに至つたが、その間会社は企業再建の目途は立たず、倒産の事態が予想されることを明言し、八月一三日の団交において、会社は、組合に対し「今後の方針は、会社首脳部がきめて、大株主日本コロムビアを始めとする株主総会で最終的に決定する。右方針は八月末日までに会社から案を提示して組合と協議する」旨申し入れていた。

3  会社は同年八月一七日の取締役会において前記のとおり企業閉鎖、会社解散の方針を決定し、同年八月二八日の労使協議会において組合に対し、書面で「会社は企業閉鎖せざるを得ないこと、その理由の概略、九月二〇日をもつて生産を打切ること、及び原則として従業員全員をコロムビア機器に転籍させること、(転籍条件として勤続年数は通算扱とする。基準内賃金は保証する。転籍先の住居は確保する。)退職希望者は所定退職金に加算金を付加支払うこと」等の事項を明示して企業閉鎖の申し入れをなした。

右申し入れに対し組合はこれに抗議して全員解雇、企業閉鎖など一切の労働条件の低下は認めずあらゆる努力を払い現行の人員体制に合つた仕事量を確保すること、退職金規定の大幅改定要求等を内容とした「大和通信の将来問題に関する要求書」と題する書面を会社に交付し、かくして同日より一〇月七日まで前後延一六日間にわたる団体交渉が開始された。

4  右交渉においては、当初会社が企業閉鎖日を九月二〇日と指定していたため、組合は右閉鎖期限の撤廃および交渉期間中会社による組合員の他企業への就職斡旋をしないことを要求した。そこで、会社は、組合の要求により右閉鎖期限を九月二九日、さらに一〇月七日に延長した。

会社は右交渉の全過程を通じ、既に取締役会で決定した企業閉鎖の方針にそつて組合を説得し、その諒解を得ようとして、従来の経営悪化の状況の数字的説明と、企業閉鎖せざるを得ない要因、特に主輸出先ラジオシヤツク社の受注中止、日本コロムビアの資金援助打切り、再建可能な受注の見込なきこと等の詳細に亘る説明をなし、従つて企業閉鎖のやむなきに至つたこと、転籍会社の転籍条件、退職希望者に対する退職金支給の条件、更に転籍条件に不満の者には下請業者約一〇社に再就職の斡旋をする旨等を組合に説明し、特に九月一九日には、組合員全員に対し、直接大衆団交の形式で午後二時ごろから深夜に至るまで、以上の説明を繰り返した。

5  これに対し、組合は、団交の過程において、終始企業存続を主張し、一部の人員整理による企業縮小方式による再建案、会社更正法の適用による再建案、更に全国金属労働組合愛知地方本部を通じ、新白砂電機株式会社から当面約一億円の受注の内約をとりつけ、これによつて暫定繰業をなすことによる企業閉鎖時期の延期案等を提案した。

これら組合の提案は、会社として種々検討したものの、いずれも企業再建の方途に資するには十分でないとしてこれを受け入れなかつた。

(新白砂電機に対する組合の受注の件は、会社において検討した結果は、当面の仕事量(一・五月ないし二月分)しかなく、加工賃作業であるため、採算がとれないということであつた。)

また組合は転籍先であるコロムビア機器の受入体制視察のため、九月二四日相当多数の組合員が現地に赴き、同社の人事部長から説明をきいたが、同部長の説明の大要は「同社としては現在会社従業員全員を即時受入れる体制にはない。転籍希望人員が確定次第受入体制に万全を期するから、早急に希望人員を確定して貰いたい。同社は現在独身寮は約五〇名、家族寮は二世帯分の受入設備がある。昭和四六年三月に近くに勤労者住宅が建設されるので、その入居申入手続も早急に進めたい。」以上のとおりであつた。

しかし組合は最後まで企業存続の方針を主張し、転籍希望人員をとりまとめることも、他社えの再就職希望者をとりまとめることもしなかつた。

6  かくして、労使双方の主張は併行線をたどり、遂に会社は、協議を打切り昭和四五年一〇月一二日付書面をもつて申請人らに対し、前記のとおり催告及び条件付解雇の意思表示をなすに至つた。

7  なお日本コロムビアの系列工場はコロムビア機器の外は浜松と川崎にあるのみであつた。

以上の事実が認められる。

(五)  以上に認定した労使の協議の実際に徴すれば、会社は、労働協約所定の同意約款に従い、企業閉鎖、全員解雇の方針を決定したことにつき、組合の諒解を得るべくできる限りの努力を払つたものと一応認められる。転籍先も日本コロムビアの系列工場としては他になかつたと推認できるから、転籍先が遠隔地である一事を以つて会社を責めるわけにはいかない。

組合の再建案を会社が拒否したことも、先に認定したとおり企業閉鎖が客観状勢からみて緊急かつやむを得ない必要に基づくものである以上、会社の右拒否を目して不当とするわけにはいかない。

組合があくまで企業存続を主張し、会社の提案を最後まで拒否したことは、組合の自衛のためにあるいはやむを得ない態度であつたかと察せられないでもなく、加えて転籍先が遠隔地であつたことも有力な事情となつたものと考えられる。

しかしながら、先に認定したとおり、組合は、既に昭和四五年五月の時点において、最悪の場合は企業閉鎖、倒産の事態を予想しており、八月一三日には会社から企業閉鎖の事態が生ずる可能性の大なることについて予告も受けているのであり、これに加えて会社から詳細な企業閉鎖のやむなきに至つた事情の説明を受けているのであり、また転籍先に難色があれば、下請会社への再就職の斡旋について会社と協議ができたのであるから、これらの事情を勘案すれば、組合は、会社の企業閉鎖の事態を招来した客観状勢に目をつぶり、最後まで企業存続を固執したとのそしりを免れない。

思うに、組合は日本コロムビアの全面援助がある限り企業再建は可能であり、日本コロムビアは右援助を最後まで継続すべきであるという見解の下に、企業存続を主張したものと推認されるが、日本コロムビアからの援助が客観的にみて期待できない客観状勢にあつたことは先に認定したとおりであり、この点に組合の現状認識に誤りがあり、この誤りの上に立つて最後まで企業存続を固執した組合の態度は先に説示した同意権の行使に内在する制約をこえたものと評する外はない。

もつとも、申請人提出にかかる工場長のメモ(疎甲第三二号証の一ないし六)によれば、会社は六月二七日ごろ企業閉鎖、全員解雇の計画をひそかに立てていたと推測されないでもないが、先に認定したとおり、本件企業閉鎖に客観的合理性が認められる以上、右メモの存在からして会社が倒産を偽装したと認めるわけにはいかない道理であるから、右メモの存在は前記認定をくつがえすに足りる資料とはなし難い。

(六)  してみれば本件は企業閉鎖が客観的にみて、緊急やむを得ない場合で、かつ、会社が信義則に基づく協議をつくしたと一応認められる場合というべきであるから、会社のした本件解雇の意思表示は一応有効というべきである。

(七)  以上の理由により本件解雇は有効というべきであるから、これが無効であることを前提とする申請人らの本件仮処分申請は失当としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 松本武 角田清 鶴巻克恕)

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